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ドキュメンタリーに、ひい爺ちゃんが映ってた

2010年8月5日木曜日 · 0 コメント

615 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2009/12/13(日) 07:49:06 ID:oV5WguEA
なにげなく見てたドキュメンタリーに、ひい爺ちゃんが映ってた事。
最初に気づいたのは今年90になったひい婆ちゃん。
「あれぇ、ここに映っとるの、あん人じゃなかと?やっぱりそうじゃ」と、嬉しさのあまり大号泣。
「風神」(神風?)と書かれてる日の丸鉢巻きを飛行帽の上から巻いた青年が、仲間達と笑顔で握手して戦闘機に乗り込むシーンだった。
仏壇に飾ってある、白い軍服姿のひい爺ちゃんの顔と見比べたら間違いない。
衝撃的というか、戦死する前の最期の姿に私も感動して泣いた。

これで食べれるだけラーメンください

2010年8月1日日曜日 · 0 コメント

天下一品というラーメン屋はご存知でしょうか?
こってりラーメンで有名な京都発祥のラーメン屋さんです。
僕は天下一品が好きで毎週通ってますがそこで素敵な場面に遭遇したので皆さんにもお伝えします。

今日のお昼でした、お店の名前は伏せますが小学校から大学まで近くにある繁盛店です。
僕がいつも通りカウンターに座って食べていると小学2年くらいの男の子が一人で入ってきました。
カウンターの僕の横に座ってその子は100円玉を出して

『これで食べれるだけラーメンください』

と言いました。100円やったら無理やでと店員のお姉さんが言うと
『でも僕来週に北海道に引っ越すからどうしても食べたいもん…』(北海道には天下一品無いんです。)
でも無理やろなぁと僕は見て思ったので
心の中で『よっしゃ、僕のラーメン出てきたらお腹痛くなった振りしてこの子にあげよ』って思ってました。

そしたら店長さんがその子に話し掛けて
『ほな100円でラーメン食べて良いしちょっと働いてくれるか?』
と聞きました。
『うん』
と子供はうなずき、やがてラーメンが出てきました。
子供は喜んで食べてスープも飲みほした後、店長さんに
『何したら良いの?』と聞きました。
『これ家まで持って帰ってちゃんとお父さんお母さんに渡してくれるか?』
と言って渡した物はなんと持ち帰りのラーメン12食セットでした。
『これ仕事なん?でもお金持ってないで』

『今まで店にお父さんお母さんと何度も食べにきてお店で美味しい美味しいって大きい声で言うてくれてたやろ?チビはもうめちゃめちゃ良い仕事してたんやで。これはその仕事の給料やからお金はいらんよ』

『ありがとう、絶対京都帰ってきたら朝昼晩全部来るわ!』

とその子が出て行った後、店長さんの目はうるんでました。

僕がレジでお金払う時に店長さんにあの分のお金どうするんですか?と聞いたら

『こづかいの半分ですから痛いですねぇ(笑)』と言われたので僕もおもわず会計は700円でしたが2000円出して
『お釣りは、いりませんから』
のセリフを人生でついに初めて言ってしまいました。
店長さんと目が合ってお互い笑顔になった時、人間って良いなと思いました。
おしまい。

子供の頃。今は永遠だと思っていた。

2010年4月12日月曜日 · 0 コメント

7 名前:1/2[] 投稿日:2007/11/28(水) 13:48:14.91 ID:kDYoP4Sd0
子供の頃。今は永遠だと思っていた。
明日も明後日もずっとこうして続いていくような気がしていた。
大人になるってことは自分とは無関係だと思ってた。
大人っていう生き物は自分たちとは別の生き物だと思ってた。

学校へ行って、友達と昨日遊んだ事を話して。

授業中、女子の手紙を別の女子に渡しながらノートに落書きして。

休み時間、誰かが打ったホームランのボールの軌道を青空の向こうに見上げてた。

昼休み、給食のメニューに一喜一憂して、牛乳早飲み王決定戦に参加した。
先生に怒られてからはその目を盗んで開催した。

ハーバード大学院経済学修士課程から参りました、剛田たけしです

2010年3月22日月曜日 · 0 コメント

役員「では自己紹介を手短に」
剛田「はい。ハーバード大学院経済学修士課程から参りました、剛田たけしです」
役員「では、アピールポイントを3分で」
剛田「はい。2点あります。一つはリーダーシップ、二つ目は体力です。
リーダーシップに関してですが、小学校の頃にジャイアンズという野球チームを
立ち上げ、何度ものメンバーチェンジ、選手交渉、トレードを経てNYヤンキース
に勝利するまで育て上げました。
体力に関してですが、先に申した野球を始め、サッカー、アメフト、柔道など
幅広いスポーツをこなしました。体力なら自信があります。
またMorgan Stanleyで事務のアルバイトを経験し、不眠不休でエクセルの表を
作っていました。」

不自由な手で、一生懸命作ってくれたのだ。

2010年3月20日土曜日 · 0 コメント

俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由だった。
なので料理は基本的に父が作っていた。
ただ、遠足などで弁当がいる時は、母さんが頑張って作ってくれていた。
でも、小学校6年の時の遠足で、見た目が悪い母さんの弁当を見られるのが嫌で、とうとう「弁当はコンビニで買っていくから、この弁当はいらない!!」と言ってしまった。 母さんはそんな馬鹿な俺に、ただ、うまく作れなくてごめんねとしか言わなかった。
時は過ぎ、小・中は給食だったのだが、高校になってからは給食はないのでいつも昼は購買のパンですませていた。 

君へ広い海へ出てみよう

2010年3月17日水曜日 · 0 コメント

【君へ広い海へ出てみよう】

中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。

さかなくんているじゃん?

2010年3月15日月曜日 · 0 コメント

さかなくんているじゃん?彼は元々自閉症だったらしいよ。
それで魚に興味を持ち出した時、お母さんはすごい喜んだんだって。
で、大きくなってTVチャンピオンの魚のやつに出たんだけど、目隠しで寿司食ってネタを当てるクイズで負けちゃったんだよな。
寿司屋で出るような高級魚を食ったこと無かったらしい。
それからはお母さんが何度も寿司屋に連れて行き、高級魚の味を覚えさせたんだって。
特別裕福ってわけでもないのに。
その甲斐あって、次のTVチャンピオンで見事優勝。
その話聞いた時、マジ感動したよ。
最近もイギリスのTVに1人ゲストとして招かれ、つたない英語で頑張ってる姿見た時は泣いたね。
さかなくんの事あまり好きじゃなかったけど、今後は応援していこうと思う。





ところで、さかなくんの下に付いてるよく喋る人は何なの?

保田圭の華麗なる経歴 

2010年3月12日金曜日 · 0 コメント

39 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2009/07/16(木) 17:46:35 ID:SM38VCaC0
保田圭の華麗なる経歴 
1996年6月 高校中退後、マクドナルド木更津店にアルバイトとして入社
1996年6月 約2週間ほど見習いとして研修を受ける 

親ってのは勝手な者

2010年3月11日木曜日 · 0 コメント

135 名前: 水芭蕉(神奈川県)[sage] 投稿日:2009/06/06(土) 00:16:38.12
ID:u20vRUyt
兄弟がみんな優秀で家では俺だけが馬鹿。
小さい頃から兄貴と比較されてた。弟も優秀で立場がなかった。
高校卒業と同時に進学せずに働くと言った俺に、
おふくろはさげすんだ目で俺を睨んで口もきいてくれなくなった。

卒業式当日恥ずかしいからという理由で欠席した母親に代わり、
仕事が忙しく兄弟のいかなる学校行事にも来た事の無い親父が
来ていた。帰り道に無口な親父が言った。
「親ってのは勝手な者で、子供が生れてきた時には元気でいてくれれば
他に望む事は何も無いと思うもんだが、子供の成長と共に過度の期待をしてしまうんだな。
○○卒業おめでとう。これからも元気で頑張れ、お前は大切な俺の子だ。」って。
俺は低学歴だけどこの言葉があったから頑張れる。

お前さぁ、目見えねぇんだろ?

2010年3月1日月曜日 · 0 コメント

242 名前:いい気分さん[] 投稿日:2006/03/32(土) 00:31:25 
俺はセイコーマートで働いて三年目になる。いつもくる小さな子の話を一つ。 
その子は生まれつき目が見えないらしく白い杖をつき母親と一緒に週に二、三度うちの店を訪れる客だった。 
ある日、その子が一人で入口の前に立っている。入口のドアが引くタイプだったので俺はドアを開けてあげようとした。 
その瞬間!同年代らしき糞ガキ二人が「お前さぁ、目見えねぇんだろ?素直に親帰ってくるまで家でおとなしく留守番でもしてろよ。バカだなぁ」といった。 


人を信じるって、どういうものなんだろう

2010年2月28日日曜日 · 0 コメント

79 名前: 名無しさん@どーでもいいことだが。 ? Mail: sage 投稿日: 06/03/18(土) 19:51:57 ID: pxXU+AYu
いつだったか、どこのスレだったかも忘れたけど。 
誰かが、「人を信じるって、どういうものなんだろう」って書き込んだ後に 
「『誰かが返事をしてくれる』と思って書き込んだ、おまいさんのその気持ちの事だよ」 
みたいなレスがついてた事があって、別に自分に向けられた 
言葉じゃなかったんだけど、今もそれが胸に残ってる。あたたかい温度で。 
あのレスを書いた人に有り難うって言いたい。 


212 名前: ありがとう ? Mail: sage 投稿日: 06/09/14(木) 21:37:01 ID: JLw1X0yr 
遅レス&スレ違いスマソ 
>79 
それってすさみスレ? 
ずっと前に同じような書き込みしたんだけど 
レスは読んでないんだ。もしかして自分にくれたレスかもって 
探したけどdat落ちしてて確認できね。 
三年前のすさみスレ。最後は「なあなあ、誰か」とかそんなかんじ 
もし自分の書き込みへのレスだったら 
その時の誰かにお礼を言いたい。ありがとう。 


213 名前: アリガトウ ? Mail: sage 投稿日: 06/09/24(日) 13:21:10 ID: xSUt0UZ/ 
>212 
亀だけどマイフォルダから発掘したのでコピペ 

718 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:03/11/19 00:38 id:pBRiaqPu 
もうダメダヨ。すさみを通り越してもうダメダヨ。助けて。 
嫌いなんだよ、嫌いなんだよ、自分が嫌いなんだよ。 
なんでこんな人間なんだ。どうしてこうなったんだ。 
いつになったら他人を信じることができるんだ? 
なあ、なあ、信じるってどうやったんだっけ。 
教えてくれよ。誰か。誰か 
ひとりはもう嫌だ。誰か、なあ誰か。 

719 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:03/11/19 00:53 id:OWjpKQ// 
>718 
呼んだ?(・∀・)ノ 
信じるってのは、こうやってカキコしたら 
誰か答えてくれるだろうって思った、今のその気持ちだろう。 


343 名前: 212 ? Mail: sage 投稿日: 07/03/18(日) 20:26:26 ID: uDXi0fKR [ 0 ] 

719のこと覚えていてくれた人達へ 

ありがとう 
>2003年11月のすさみスレの719へ 
同じスレの718です。ありがとう。 
三年半かかったけど、やっとあなたのレスが読めました。 
ありがとう。 
誰も信じてない自分を恥かしいと思います。 
あの時書き込んだ後、怖くてスレを確かめられませんでした。 
このスレの79を読んで、まさかと思って書き込んだ後も 
怖くてやっぱり読み返せませんでした。 
先週、輝きスレに貼られているのを見て初めて 
あなたのレスを知りました。 
ありがとう。追いかけてきてくれてありがとう 
逃げ続けたのに、追いかけてきてくれてありがとう。 
伝えてくれて有難う。 
同じ世界に生きていてくれるなら、この言葉も 
いつか届くと信じます。ありがとう。 
助けてくれてありがとう。

貧乏の家に生まれなければよかった!

2010年2月19日金曜日 · 0 コメント

子どもの頃、母子家庭で貧乏だった俺はファミコンを持ってなかった。
羨ましかったな、ファミコン持ってる奴らが。
攻略の話しで盛り上がってる時なんか、完全に仲間外れだったよ…。
小6の時にクラスで給食費が無くなったことがあって
「ファミコン持ってない奴が怪しい!」って、みんな俺の事疑ってた。 

プラモを選んだ。

2010年2月16日火曜日 · 0 コメント

635 名前:音速の名無しさん メェル:sage 投稿日:2005/12/19(月) 20:30:49 ID:+bZxasuy
まったく関係ない話だが。
昔、父親に誕生日プレゼント買ってやると言われ、おもちゃ屋に行ったときのこと。
本当はゴジラの電動ラジコンみたいなのが欲しかったんだが、

オタクは日常会話が出来ない。アニメ作るならアニメ見るな

· 0 コメント

手塚治虫『人間関係が希薄な人は漫画は描けない。漫画とは読者との会話だからだ』

宮崎駿『ロクに人生経験も無いオタクを雇うつもりはない。火を表現するには火に触れないと駄目だ』

庵野秀明『アニメ・漫画に依存するのは止めて外に出て欲しい。あれはただの絵だ』

富野由悠季『オタクは日常会話が出来ない。アニメ作るならアニメ見るな』

カールじいさんの空飛ぶ家

2010年2月13日土曜日 · 0 コメント

米カリフォルニア州のコルビー・カーティンちゃん(10)。
3年前から血管のガンとの闘病を続けていたが、今年5月頃から病状が悪化、
余命いくばくもないことが分かった。

母親のリサさんの話によると、コルビーちゃんは、4
月下旬にドリームワークスのアニメ「モンスターVSエイリアン」を劇場で鑑賞。
その際に「カールじいさんの空飛ぶ家」の予告編に魅了され、
「死ぬ前にどうしてもこの映画が見たい」と口にするようになったという。

喪家の犬

2010年2月10日水曜日 · 0 コメント

家族が亡くなったあと
突然外飼いの犬が家に入りたがって
入れてやったら一部屋ひとへや確認するんだって。
どこかにいると思ったのかなあ。
自分の犬が亡くなった後
隣家の犬が同じようにやってきたのも
犬猫板で読んだよ。
喪家の犬という言葉があるくらいだから、犬にはほんとに堪えるんだね。

死に掛けている赤ん坊なんていないのか?

2010年2月3日水曜日 · 0 コメント

アルゼンチンのプロゴルファー、ロベルト・デ・ビンセンツォは、
あるトーナメントで優勝し、賞金の小切手を受け取って帰る準備をしていた。
彼が一人で駐車場に向かっていると、一人の女性が彼に話しかけてきた。

彼女は彼の勝利をたたえた後、自分の子供は重い病気にかかって死に掛けているが、
お金がないために、医者に見せることもできないのだと彼に伝えた。

それを聞いて哀れに思ったビンセンツォは
「これが子供のために役立てば良いのだけど」
といって、獲得したばかりの賞金の小切手を彼女に握らせた。

翌週、彼がカントリークラブで食事をしているとテーブルにゴルフ協会の職員がやって来た。
「先週、駐車場にいたやつらが、君がトーナメントで勝った後、そこで若い女性に会っていたといっていたが・・・」
ビンセンツォはうなずいた。「実は」と職員は続けた。
「彼女は詐欺師なんだ。病気の赤ん坊なんていないんだ。結婚すらしていないんだよ。君はだまされたんだ」
「すると、死に掛けている赤ん坊なんていないのか?」
「そのとおりだ」
すると、ビンセンツォは笑いながらこう言った。



「そうか。そいつは今週で一番の良い知らせだ」

お店に財布の忘れ物を発見したんだ。

2010年2月2日火曜日 · 0 コメント

341 :おさかなくわえた名無しさん :2009/05/28(木) 13:27:24 ID:Nui3ji16 
数年前の事。 
伝統民芸の工房&販売店を親父から引き継いだばかりの頃。 

外国人観光客は珍しくはないが,交通の便が悪いド田舎なため, 
日本に慣れた個人観光ばかりで団体での観光は少ない地域。 
ところが,俺の前職(観光斡旋業)のおかげで舞い込んできた外国人グループ観光のガイド役。 
店の休日とかち合ったので引き受け,ガイドの最後に 
(お土産を買ってくれるかも,という邪な気持ちもあったが) 
俺の店を紹介したんだ。 
10人の若いイタリア人男女。 
いくつかお買い上げいただいて,帰路についた後。 
お店に財布の忘れ物を発見したんだ。 
連絡を取ったんだが,なかなか繋がらない。 
添乗員・依頼会社のどれも駄目。 
結局繋がったのは,彼らが日本を旅立ってしまった後。 
財布がなくなった事に気付いたのに,俺の店に忘れたなんて,全く気付かなかったらしい。 
依頼会社へ財布を送って本人宅へ送る, 
なんてのも他人行儀な感じで嫌だったんで,会社に住所を聞いて俺から送る事にしたんだ。 
それだけ送るのも味気なかったし, 
財布・簡単な手紙(まあリップサービス半分で忘れ物の詳細と「またのお越しをお待ちしております」なんて締めたやつ) 
・店のパンフレットや地域の地図 
・パンフレット・ガイドできなかったが周辺じゃ有名な場所の写真 
・店のちょっとした小物なんかを一緒に送ったんだよ。 

そうしたら,数ヶ月後に,外国から小包が。 
送ったお客さんからだった。 
女の子だったんだけど,あっちの皮財布&お手紙。 
「ありがとう,感謝感激,また行きます。」 
なんて書いてあった。 
んで,こっちからも返事を送ったら,なんか文通状態になってしまった。 


342 :341 :2009/05/28(木) 13:28:06 ID:Nui3ji16 
続き 


そして,1年後。 
彼女だけ再来日。 
文通を続けていたから友達感覚で,滞在期間はうちにホームスティ。 
送った写真の場所やその他いくつかガイドした。 
話を聞いてみると,他国じゃお店でも,そこまでしないらしいな。 
財布を無くせば,出てこないのが当たり前らしい。 
実は彼女の父親が皮を扱う職人で, 
その財布も彼女の父親が彼女のために作ってくれたモノだったらしい。 
それが無くなって悲しんでいたところへ,俺が送ってくれて,感謝感激だったらしい。 
そして,彼女が帰る頃には,俺の両親や兄弟とも仲良くなっていた彼女。 
帰る時は,みんなで涙の別れをやってしまいました。 

それから,数年。 
なんだかんだで文通&時々行ったり来たりを続ける間柄となり。 
彼女が,日本に住み始め。 

昨日,イタリアの彼女の家へ行って,結婚する了解を得てきました。 
来年の春挙式予定で,進めています。 

サンタクロースはカミサマ

2010年1月31日日曜日 · 0 コメント

663 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/29(金) 10:46:23 ID:fGWhDPWF
和んだというか感謝した話。
中1の時、親の転勤でいきなりアメリカの学校に通う事になってしまった。
中1で田舎の中学でやってた英語なんで「Hello,this is pen」のレベル。
ひたすら「This is ○○」のレベル。
コミュ力はある方だと思っていたが完全にお手上げ。日本人なんて学校で自分一人。
ESLという英語が第一言語じゃない生徒の為のクラスへ入れられたんだけど、
クラスのほとんどはヒスパニック。先生も授業中はほとんどスパニッシュ。アウェー感はんぱない。ここでも友達作りに失敗。
ほかの授業も、周りは発言をどんどんして、グループワークをするっていうのに、ただ黙って小さくなってノートをとり続ける自分。ぼっちパネェ
元々が友達が多かっただけに、孤独に耐えられずに学校で腹痛を起こすこともしばしば。
そんな自分を見つけてくれたのは、サンタクロースだった。
酔っ払ったサンタクロースを想像してくれたら良い。
赤ら顔で顔中が真っ白な髭の先生。流石にサンタクロースほど髭は長くないんだけど、ビジュアル的にはそんな感じ。
太った大きな赤ら顔のおじいさんで、いつも笑ってて、いつもジョークを言う先生だった。
学校の隅で一人で弁当を食べてたある昼休み、サンタクロースがいきなりやってきて、「コニチワ」と挨拶してくれた。
びっくりしてると、「コニチワ、ワタシは○○デス。アメリカ人デス。どうぞヨロシク」と拙い日本語で挨拶してくれた。
ただびっくりした。
人気者のサンタクロースは、自分には遠くて眩しい先生だったのに、今、目の前でたどたどしく挨拶してくれた。
私も、ぼっちの寂しさで色々切羽詰ってたんだろう、驚く先生放置でぶわあああと涙流して号泣。
おどおどするサンタクロースは、私の頭を撫でたり、抱き締めたり、擦ったり、あわあわと動揺。
なんとか思い出した英語で「Thank you, Im so glad」と繰り返してた。
664 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/29(金) 10:48:24 ID:fGWhDPWF
それから、お昼休みはサンタクロースのオフィスに行くのが習慣になった。(オフィスは個人部屋。職員室がない)
オフィスでサンタクロースは、よくホットチョコレートを出してくれた。
そして言語力が必要になる歴史にさっぱりついていけていなかった自分に補習もしてくれた。
ちょくちょく「ダイトウリョ」「ミンシュシュギ」とか日本語を挟んでくれる優しさが、また嬉しかった。
多分、事前に私が詰まりそうな単語を調べていてくれたんだと思う。歴史以外の教科でも、いつでも快く助けてくれた。
そして授業中のジョークに日本のことを色々取り入れてくれるようになった。
サンタ「NYはしょっちゅうキングコングに攻撃されてるけれど、しょっちゅうUMAに攻撃されてる国があるんだよー。どこか分かる?」
生徒「は?えーっと、・・・・やっぱりNY?」
サンタ「ちがうよ、JAPANだよ、TOKYOだよ!ゴジラだよ!」って具合に。
丁寧にゴジラの写真までプリントアウトしてきてくれたり、授業中に歴史DVDをみる時、ゴジラのPVをみせてくれたり。
そうやって日本のことを色々と話題提供してくれたお陰で、クラスのみんなが私に親しみを覚えてくれて、仲間に入れてくれるようになった。
サンタ「Helloは日本語でコニチワだよ、じゃ、○○(私)に言ってみよう、せーのっ」
生徒「コニチワー!」とか。だからみんなが私をみつけると「コニチワ(・∀・)」って声を掛けてくれるようになった。
だんだん、歴史のクラスに受け入れられていくのが分かった。そしてそのクラスメイトからの紹介でどんどん友達ができるようになった。
そして一緒にランチを過ごす友達が沢山できて、やがてサンタクロースのオフィスから足の遠のいていった私を、
サンタクロースは「ヨカッタネェ、ヨカッタネェ」って喜んでくれた。
665 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/29(金) 10:50:04 ID:fGWhDPWF
そして卒業セレモニーで、"一番頑張った生徒"に選ばれて表彰される事になって、全シニアと保護者の前で短いスピーチをする事になった。
そんな所だったんだけど、スピーチではもちろんサンタクロースの事を話した。
自分がどれだけ不安だったか。どれだけさみしかったか。どれだけ嬉しかったか。どれだけ救われたか。どれだけ感謝しているか。
サンタクロースには感謝してもしきれないし、受け入れてくれていったクラスメイトも大好きだということをスピーチした。
サンタクロースと歴史クラスの仲間達が泣いてた。自分も泣いてた。
アメリカの卒業式は沈黙で厳かで涙で・・・ってのじゃなくて、歓声あげて、バルーン持込で「WE LOVE MY
○○」とかいっぱいプレート持ってくるような派手なのに、
自分のスピーチですすり泣く人が出て、自分も写真撮られているのにずるずる汚い顔で涙や鼻水たらしながらスピーチした。
スピーチが終わると、サンタクロースが駆け寄ってきて、抱き締めてくれた。
サンタクロースにも一言どうぞって事で、サンタクロースが私の話をしてくれた。
最初、いきなり自分のクラスに英語の話せない生徒が入ってきてどうしよかと思ったとか。
どうやって授業をしていけばいいのか不安だったこと。
本当は中国人かと思ってたこと。一人ぼっちの私をとても心配していたこと。仲良くなりたかったこと。
友達ができていくのをみる事ができて、本当に嬉しかったこと。
私は、サンタクロースの、あの大きな腕や胸や抱き締められたときに胸にぶつかってくるようなお腹の大きさと暖かさを絶対に忘れないと思った。
そして彼がいたから、今はアメリカの大学にも進学できた。本当に感謝している。
感謝なんて二文字じゃ伝えられないくらい感謝している。
サンタクロースは何も言わなかったけれど、ネットで日本のことを色々調べてくれた事も、
心配してくれていたことも、一人の生徒としてとても愛してくれたことも、
私に素晴らしい青春をくれたことも、全部全部忘れない。
今でも、サンタクロースは、私のカミサマです。
長文しつれいしました。

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