それは何処かの誰かのお伽噺。 part2

2010年1月31日日曜日 ·

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それは何処かの誰かのお伽噺。
1993年、アメリカはオハイオ州の精神病院でジョナサン・フィッシャーという男が病死した。
彼は日頃から「世界は嘘ばかりだ」と喚き散らす病的な人間不信の塊だった。
死後、彼の血液型が現行の分類のどれにも当てはまらない珍しいものであったことが判明。
また、DNAの塩基配列も人類のそれとはかけ離れたものだった。
彼は最後にこう言い残していたという。
「皆、変わってしまった。残ったのは俺だけだ」

それは何処かの誰かのお伽噺。
学界の一部では、2002年に死亡したフランス国立病院の患者の記録が密かに注目を集めている。
記録上、A氏とのみ伝えられる彼は、普段から常人の十倍以上の食料を摂取、五百キロ近い体躯で110歳まで生きた。
脂肪だらけの体で生涯を終えた彼の死因は、栄養失調だった。
「食べても食べても細胞がまだ足りないと喚く」
そう漏らした彼の肉体年齢は、医学的にはどう見ても三十代前半だったという。

それは何処かの誰かのお伽噺。
大正の末まで、青森県の北東部に家落村という集落が存在した。漁によって生計を立てていたその村は豊かとはいえなかったが、村人は概して朗らかで、よそ者に対しても友好的であったとされる。
しかし、村は大津波により壊滅。百人足らずの村人も運命を共にした。
郷土年鑑に残されている一枚の写真には、惨禍に合う数ヶ月前の村人数名が映されている。
おどけたポーズを取る彼らの手指は不自然に短く見え、まるで水かきのようになっていた。
なお、家落村の跡地からは、水深一万メートル以下に生息する深海魚の骨が多数発見されている。

それは何処かの誰かのお伽噺。
1985年、太平洋に一機の旅客機が墜落。多数の死者・行方不明者を出した。
原因は天候の激変による嵐に巻き込まれたためであり、各地気象台の記録もそれを証明した。
わずかな生存者が例外なく精神に異常を来していたことも、不幸な事例として処理されている。
「雲一つない晴天だった。なのに、眼下の海が突然渦巻き出して、あっという間に暴風雨になった」
かろうじて会話が可能であった生存者の一人はそう証言したという。
そして、「真っ黒い暴風の中、海から飛び出る巨大な蛇のような何かを見た」とも。

それは何処かの誰かのお伽噺。
飛行中のジェット機の翼、そのエンジンに野鳥が飛び込む事例は、実は珍しくない。
現行のジェット機はその対策として、エンジンに様々なシールド、フィルター等を設けているが、それでもそうした事故は減少こそすれ絶えることはない。
しかし、航空関係者に密かに知られる話として、次のようなものがある。
何年かに一回、ジェット機のエンジンに、鳥にしては明らかに巨大すぎる翼、人間らしき生物の手足の欠片がこびりついていることがあるのだ。果たして空の上では何が飛び、何が生きているのか。

それは何処かの誰かのお伽噺。
原始人が描いたとされるラスコーの洞窟画は、学術上極めて重要な資料として研究されている。
しかし、とある地質学者が次のように発表したことは、学会ではほとんど無視されている。
「洞窟の奥には、明らかに人工と思われる凹凸が刻まれている」と、彼は発表したのだ。「解析によれば、それらはどう見ても、パンゲアと呼ばれる原始以前の超大陸の詳細な地図であるとしか考えようがない」
現在、ラスコーの洞窟画は岩壁の劣化を理由に非公開とされており、彼の主張の是非を確認することは不可能となっている。

それは何処かの誰かのお伽噺。
1976年、イングランド西部の都市エルソンでは五ヶ月に渡り曇天が続いたという記録があるが、実はこれには余談がある。
分厚い雲の中、人の形をした巨大な影が遊弋するのを何百人もの住民が目撃しているのだ。
一人の住民がカメラを積んだ観測気球を飛ばしたが、半日後には気球は墜落していた。フィルムはほぼ完全に破損していたが、二十年近く経ってからとあるTV会社が一カットだけ復元に成功した。
映っていたのは黒褐色の楕円で、ある医師は「人の網膜の三千倍の拡大写真そっくり」と断定した。

それは何処かの誰かのお伽噺。
戦後間もない頃、とある地方県警に「名人」と呼ばれる刑事がいた。容疑者の取り調べに暴力を伴うことが珍しくない時代ではあったが、しかし彼はどんな容疑者にも傷一つ負わせず、次々と自白させたのだ。
ただし、それらの容疑者の多くは精神を病み、中には直後に急死した者もいた。
そうした事実に関わらず、とにかくも彼は優秀な刑事として評価され、定年で退職した。
獄中で死亡した容疑者達の検死結果——外皮には傷一つないのに内臓だけが刃物で嬲ったかの如く切り刻まれていた、という奇怪な記録だけが、県警の事件ファイルに残されている。

それは何処かの誰かのお伽噺。
昭和初期まで、四国にY村という村が存在した。この村の風習として、数十年に一度、選ばれた娘を「神子」として崇めるというものがあった。
「神子」はその生涯に渡り、村人を好き勝手に傷つけ、殺戮する。特に残虐になるよう育てる訳でもないのに、彼女らは例外なく殺傷を好む性質となるのだ。
記録にある最後の「神子」の名は「ときこ」。あるときY村と外部の連絡が途絶え、隣村の住民が調べた所、百人ほどの村人は皆殺しにされていたという。凄惨な拷問を受けたと思しきそれらの骸は、しかし全て恍惚とした笑みを浮かべていた。
なお、当時十歳の「ときこ」の消息だけは、今に至るもわかっていない。

それは何処かの誰かのお伽噺。
現存する人類、そのミトコンドリアのDNAをたどると、アフリカの一人の女性に行き着く。
通称「ミトコンドリア・イヴ」。人類のアフリカ起源説を補強する有力な学説だが、これには例外がある。約3%の割合で、明らかにアフリカ起源とは異なるDNAを有する人間が存在するのだ。
仮称「ミトコンドリア・リリス」。ただし、これは公に認められた学説ではない。DNAの組成に、どう考えても生物史の系統樹からかけ離れた情報が含まれているためだという。
発見者はスペインの学者だが、そもそも何故キリスト教における悪魔の名をつけたのか、彼が事故で急死した今となっては謎である。

それは何処かの誰かのお伽噺。
オーストラリア南部に、原住民から「人食い沼」と恐れられていた沼が存在した。水質は比較的澄み、特に険しい地形でもないのに、その沼では人や獣が頻繁に行方知れずとなるのだという。
1970年代、現地のテレビ局が「今なお残る秘境」という特番で沼を調査した。
彼らはプロのダイバーを雇い、水中カメラで沼の中を探ろうとしたのだが、ダイバーは沈んだきり一向に戻ってこない。警察を動員した捜索の結果、沼の底から水中カメラだけが見つかった。
フィルムには、沼に潜った直後から数時間にわたり、何かが何かをむさぼるような音だけが記録され、画像は完全に真っ黒のままだったという。


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