事故にあった。わたしと5歳になる娘は奇跡的に怪我もなく無事だったが、
妻が帰らぬ人になった。
妻は不思議な女性だった。何か物を紛失したときなど、妻はいつのまにか
どこからともなく見つけてしまう。先に起こることを知っているかのような
言動をすることもあった。
一度、娘が行方不明になったとき、わたしはあわてて警察に届けようといったのだが、
妻はいついつまでに帰ってくるから心配するなと言った。そして、その通りに
娘は帰ってきた。娘に何をしていたのか尋ねても、「おじいちゃんに会って来た」と
言うばかり。しかし、妻には身寄りがないし、わたしの父は既に亡くなっている。
そのときも妻は笑っているだけだった。
この旅行は、妻の提案によるものだった。列車の旅。妻は外の景色を眺め、
娘はわたしにもたれていた。不意に、妻がわたしの方に振り返って言った。
「あなたは強い人。大丈夫ね」
意味がわからず、何のことかと問い返そうとしたとき、事故は起こった。
妻の死に顔は眠っているようだった。わたしは、付き合い始めた頃のことを思い出す。
結婚してからはわたしを「あなた」と呼んでいたが、はじめはわたしを「お父さん」と
呼んでいたのだ。「お父さんはやめてくれ、呼ぶならお兄ちゃんにしろよ」
とよく言い合ったのを思い出し、涙がこぼれた。