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あなたが運ばれてきたのは、夏の雨の夜でしたね。

2011年6月13日月曜日 · 0 コメント

86 :ほんわか名無しさん :2007/02/25(日) 21:54:09 0
あなたが運ばれてきたのは、夏の雨の夜でしたね。
深夜3時の救急コールで目を覚ました私。ほどなく聞こえる救急車のサイレン。
蘇生室に着いた時にはあなたの心臓はもう脈を止めていました。
震えのみが残る心電図、電気ショックも効かず、あなたの生命の兆候は消えてしまいました。

私は医者です。人の死には慣れています。泣いていたらきりがありません。
身元のわかるものは何一つなく、あなたの名前すらわからないままでした。
なぜ、ビルから飛び降りてしまったのですか?
あなたはまだ20代そこそこでしょう。見た目も美しい女性でしたね。
身元を示すものは何ひとつないのに、あなたの薬指にはダイヤの指輪が光ってました。
いったい何があったんですか?
あなたがその指輪を初めてはめた瞬間は、きっと幸せだったはずです。

3日後、私はあなたの名前を知りました。飛び降りたいきさつも知りました。
指輪があなたの身元を知る手がかりになりました。
婚約破棄。辛かったことでしょう。
でも、辛かった分だけ、生きていればこれから幸せが訪れたはずだと思うんです。

あなたは自分の生命を絶ってしまいました。
その事実を、私は決して許すことができません。
私は目の前で「死にたくない」と叫びながら命の灯を消す人々を沢山見てきたから。
大好きな人との避けられない別れの現場を沢山見てきたから。

あなたにもっと生きてて欲しかった。幸せになってほしかった。
あなたのことは何も知らないけれど、これだけは伝えたい。
あなたの蘇生中止の時はスタッフ全員が涙していたことを。

私は医者です。人の死には慣れています。泣いていたらきりがありません。

昨日7ヵ月ぶりに知り合いからメールがきた

2011年5月22日日曜日 · 0 コメント

1 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/11/07

(金) 03:47:57.11 ID:438E+Hb7O

昨日7ヵ月ぶりに知り合いからメールがきた

文面は簡潔に

「なぁ暇だから飯食いに行かね?」

俺は我が目を疑いながらも、部屋着というか、部屋から出ないから普段着

と化した、妹が中学の頃に使ってたジャージを脱ぎ捨てて外行きの服を探

した

その時になって返信していない事を思いだし、携帯電話を手に取った

次の瞬間、またメールが届いた。

送信者は同じ

文面は簡潔に

「ゴメン間違えた」

俺はジャージを着た



スミレの金玉、スミレのタマタマ

2010年12月19日日曜日 · 0 コメント

523 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2008/09/01(月) 08:58:49 ID:tlyvvKtQ
昨日、親が24時間テレビを見ていて昔私が4、5才くらいの時に突発性の病気にかかって
母がそのことで悩んで一時期にノイローゼ状態になり、ストレスが溜まると家族に当たり散らし
私が自分の病気のせいで母が変貌してしまったことのショックで
失語症になってしまった時のことを話し始めた。
私としては、もう30年くらい前の出来事だから、失語症になったのは
うっすらと覚えている程度だった。
すると母が、私と父の前でその時のことを話しながら感極まっていて
父もウルウルしていたのだけど、母が泣きながら
「アンタ(私)、失語症になって1年半後くらいにやっとしゃべったのよ…
もうあの時は嬉しくて(涙)
なんて言ったと思う?風呂上がりにスッポンポンで出てきたお父さんの股間を指差して
“スミレの金玉!スミレのタマタマ!”って…」
;`;:゙;`(;゚;ж;゚; )ブッ
失語症が治って発した第一声が『スミレの金玉、スミレのタマタマ』
って、下ネタなうえに意味不明www
そして母は笑い泣きしながら私に
「金玉とタマタマは見ればわかるけど、スミレって何だったの!?
お父さんのアソコがスミレに見えたの!?w」
って聞いてきたw
覚えてないwww自分の名前がスミレとかじゃないしwww
当時、母は私が話せたことが嬉しくて、祖母(母の母)に電話したとき
「○○ちゃんは何て言ったの!?何てしゃべったの!?」
と祖母に聞かれ、感動していた母はそのまま泣きながら
「スミレの金玉って!スミレの金玉って言ったの!!(涙)」
と号泣しながら言ったら、電話先の祖母も最初は泣いていたが
「アンタが下品なこと教えるからよ;`;:゙;`(;゚;ж;゚; )ブッ」
と、大爆笑したらしいw

47歳。警備業界では珍しくはない。

2010年9月10日金曜日 · 1 コメント

新人が入ってきた。47歳。警備業界では珍しくはない。
定年を迎えて、入ってくる新人も多いからだ。まぁ、新人は立たせておくのが一番いい。
無線を持たせて何か分からないことがあったら、連絡して来いと言って、ビルの外で立哨させておいた。
折りしも、外は小雪がちらついていた。
長時間ただ立っていると、色々なことを考える。夕飯は何を喰おうか?
今度の休みは何をするか?今までの人生。これからの将来。色々なことが頭を過ぎる。
契約先の人がヒョイと顔を出して、
「外に立っている新人さん、泣いているよ。具合が悪いじゃないの?」と言ってきた。
「何だ?」と思って見に行くと、本当に立ちながら泣いている。
通行人は泣きながら立っている警備員を呆れながら通り過ぎて行く人、怪訝な顔をする人、
笑う人、反応は様々だった。
「どうした?」と声を掛けると、やや間があってようやく振り絞るような声で一言。
「つらいです。」
よくよく話を聞くと、立っている間に今までの人生を振り返り、
何で俺はここまで堕ちてしまったのか?何で今、こんな所で罰ゲームのようなことをやっていなければならないのか?
そんなことを考えていたら、涙が溢れて止まらなくなってしまったそうだ。
結局、彼はやめた。

一日何回もしたし、ほとんど憎み合ってた、

2010年8月29日日曜日 · 0 コメント

574 :Mr.名無しさん :05/02/18 20:43 

俺には3つ上の姉貴がいるけど、昔はスゲー仲悪かった。 
母がたった二人の姉弟なんだから、と嘆くほど、 
ケンカなんて一日何回もしたし、ほとんど憎み合ってた、 
といってもいいくらいだった。 

姉貴が高校2年、俺が中学2年の時。 
姉貴が自転車通学の途中、車の事故に遭った。 
俺が病院へ行ったときは、意識がなかった。 

頭を打ったらしく、安心は出来ない状態だった。 
二日後に意識は戻ったんだけど、事故当時の記憶がなく、 
言語障害、運動障害が出てた。(まっすぐ歩けないなど) 
ある日、親が用事で、俺が半日くらい付き添うことになった時。 

姉貴はなんか俺に言いたいんだろうけど、舌が回らない。 
言葉を覚えたての子供が喋ってるようで、聞き取れなかった。 
俺は、何とか聞き取ろうしてたんだけど、そのうち姉貴が 
泣き出してしまった。 

結構美人とか言われてて、運動神経も良かった。 
バレー部に入ってて、レギュラーでやってたのに、運動どころか、 
歩くことや喋ることもまともに出来なくなって自分が情けなく 
なったんだろうと思う。 

いつもは気が強い姉貴がすごくか弱く小さく見えた。 
俺は思わず姉貴を抱きしめて、 
「大丈夫、きっと治るよ。もし治らなかったら、 
俺が姉ちゃんを一生看てやるから」 

本気だった。俺が姉ちゃんを守ってやる、と。 
姉貴は泣きながら何度もうなづいてた。 
打ち所もそんなに悪くなかったのか、姉貴がリハビリを頑張った 
せいもあったのか、以前のように回復した。 

それから5年近く経つけど、ケンカらしいケンカはそれ以来した 
覚えがない。 
姉貴にその時のことを言うと照れ臭いのか 
「記憶がはっきりしてないよ」とか言うけど。 
あの事故がなかったら、俺達の姉弟仲は、今も悪いまんまだった 
のかもしれないな…。 

青い正義感を裁かないで下さい。

2010年8月6日金曜日 · 0 コメント

204 :名無しさん@お腹いっぱい。 :04/05/23 04:14 ID:4sufgmEm
全盲のうちのお袋が、公衆電話をかけようとしたら、
白い杖を見てチャンスと思ったらしいDQNが、
お袋のバッグをひったくろうとした。
お袋はすぐに気づいて抵抗したが、殴られて倒れた。
次の瞬間、近くで怒号が聞こえて乱闘が起きているのがわかったという。
訊くと3人のDQNに一人で飛び掛っていったDQNがいたらしい。
幸か不幸か、そいつは大層強かったらしく3人とも叩きのめした。
しかし3人の負傷が激しく、救急車が来て、その1人のDQNは警察に持ってかれた。
警察には自称被害者のDQN3人の親が来ていた。
「私の子供はふざけていただけ。」と噴飯ものの主張を
大まじめにしていた親たちに警察が同調しかけたとき、お袋はキレた。
「盲目の赤の他人のバッグを取る行為を『ふざけてた』なんて
親子揃って言い逃れする人間なんてどうでもいいです、
お巡りさん、あの子を釈放して下さい。私はあの子の知り合いでも
なければ、あの子にお駄賃をあげる約束だってしていません。
通りすがりの勇気ある少年です、青い正義感を裁かないで下さい。
さもないとあの子はもう誰も救おうとはしません。」
お袋は泣いてた。

なんでチョコにしないんだ!

2010年8月4日水曜日 · 0 コメント

796 : おさかなくわえた名無しさん [sage] 2008/05/30(金) 01:34:53 ID:2rcLv5Mb
小学生になった頃、少し上の姉が「ケーキを買いに行こう」といい始めた。
俺はケーキが大好き。母親のお使いだ、ケーキが食べられると思ってついて行く事にした。
途中で姉はなぜか花屋で赤い花を一つだけ買った。
そして次にケーキ屋さんに行った。
俺はチョコレートケーキ!と指をさしたが、姉は首を振ると、「イチゴのショートケーキを一つ下さい」と店員さんに頼んだ。
俺は「なんでチョコにしないんだ!」とふてくされた。
しかも1個なんてみんなで食べるのに足りないじゃないか?
と文句を言っていたが、姉は俺に構わなかった。
店員さんは1個のケーキを小さな箱に入れて袋に入れて姉に渡した。
その時、姉が持っている赤い花に気付いたのだろう。
「ちょっと待って」と袋を取り戻すと、店員さんは今度は箱を綺麗な包装紙で包み、赤いリボンで縛ってくれた。
姉は夜、食事の後にそのリボンで結んだ箱を母親にだけ渡した。
その時の赤い花がカーネーションであることを俺が知ったのは数年経ってからだ。
その時の姉が小遣いで買った、小さなショートケーキは母と姉と俺とで三等分して食べた。
一口で、一瞬で無くなった味だが俺にとっては一生の思い出に残る味だった。
今でもショートケーキを食べると、中学生になる前に病死した姉の思い出の味がする。

そうだね!Aじゃなくてアンタが死んどったらよかった!

2010年8月1日日曜日 · 0 コメント

555 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/02/01(月) 17:06:19 ID:eXQVYWj50
>>554
何か横レスみたいになってすまん。
俺も北国暮らしなんだが、すごく癒やされた。ありがとう。
これから仕事なんで、とりあえず投下させてもらうわ

我が家の仏壇には、他より一回り小さな位牌があった。
両親に聞いた話では、生まれる前に流産してしまった
俺の兄のものだという。
両親はその子に名前(A)を付け、ことあるごとに
「Aちゃんの分も○○(俺)は頑張らないと」
などとその兄のことを持ち出してきて、それがウザかった。
そして高校生のころ、典型的なDQNになった俺は
あまり学校にも行かず遊び歩いていた。
ある日、母親の財布から金を盗んでいるところを見つかった。
母親は泣きながら
「あんたこんなことしてAちゃんに顔向けできんの!!」
と怒鳴ったが、俺も鬱憤がたまっていて
「うるせー!だったらてめえAじゃなくて俺を流産すればよかっただろうが!」
と怒鳴り返してしまった。
そして売り言葉に買い言葉だったのか、母親が
「そうだね!Aじゃなくてアンタが死んどったらよかった!」
と叫んだときだった。


556 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/02/01(月) 17:08:34 ID:eXQVYWj50
「そんなことゆったら、めーー!!」
という叫び声が頭の中に響いた。
舌っ足らずでカン高いその声は、ほんの幼児のものに聞こえた。
母親にも聞こえたようで、2人で「え?え?」と周囲を見渡すと
拝む時以外はいつも閉めている仏壇の扉がいつの間にか開いていた。
それを見た瞬間、母親号泣。
おかしくなったのかと思うくらい、腹から声上げて泣いてた。
喧嘩してたのも忘れて慌ててなだめると、
「許してくれた…」「許してくれてたんだ」って何回もつぶやいてる。
そして母親はぽつりぽつりと話し始めた。
Aは流産したんじゃなかった。
俺と一緒に生きて産まれてきた。
Aと俺はいわゆる「結合双生児」だった。
でもAの方は俺に比べて未発達で、体もずっと小さかった。
俺の胸の部分に、手のひらくらいの大きさのAがくっついてるような状態だったらしい。
手術で切り離せばAは確実に死ぬ。
でも両親は俺のために分離手術に同意した。
未発達とはいえAは顔立ちもはっきりしていて、
手術前、「ごめんね」と謝る母親の顔をじっと見ていたそうだ。

557 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/02/01(月) 17:10:52 ID:eXQVYWj50
それから、母親はずっと
「Aは自分を切り捨てた私たちを恨んでいるのでは」
という思いがぬぐえなかったのだという。
だから俺にも必要以上にAのことを話して聞かせていたのだろう。
Aの犠牲の上にある命なのだということを忘れないために。
あの時聞こえた声がAのものである確証は何もない。
俺と同い年なら、子供の声っていうのもおかしいし。

でも、あの声は俺たちを恨んだり憎んだりしてる声じゃなかった。
家族が喧嘩してるのが悲しくて、
幼いながらも必死で止めようとしてる、そんな感じだった。
もしあの声がAなら、Aはきっと家族を許してくれていて、
ずっと見守ってくれているのだろう。
だから母親も俺も、あの声がAだと信じたかった。
俺は声が聞こえた日からまじめに学校に通い始めた。
兄貴に一喝(?)されて、もう馬鹿やってる場合じゃねーなって気持ちになったから。
そんで勉強もかなり頑張って、現役で大学に合格できた。
合格発表の日、朝からゲロ吐きそうなくらい緊張して、
掲示板見た瞬間にあまりの嬉しさに
「うがああああ」って変な声上げちゃったんだけど、
その時、俺の奇声にかぶせて、あのカン高い声が
「やったあー!」って聞こえてきたんだよね。
俺、本気で泣いた。
またいつか、声を聞かせてくれると信じてる。

俺がもし死んだときのために、ビデオを撮っておいてほしいんだ

2010年7月25日日曜日 · 0 コメント

505 名前: 1/4 [sage] 投稿日: 2010/06/24(木) 14:54:37 ID:2baYGPaj0
会社の同僚が亡くなった。
フリークライミングが趣味のKという奴で、俺とすごく仲がよくて
家族ぐるみ(俺の方は独身だが)での付き合いがあった。

Kのフリークライミングへの入れ込み方は本格的で
休みがあればあっちの山、こっちの崖へと常に出かけていた。

亡くなる半年くらい前だったか、急にKが俺に頼みがあるといって話してきた。
「なあ、俺がもし死んだときのために、ビデオを撮っておいてほしいんだ」

趣味が趣味だけに、いつ命を落とすかもしれないので、あらかじめ
ビデオメッセージを撮っておいて、万が一の際にはそれを家族に見せてほしい、
ということだった。俺はそんなに危険なら家族もいるんだから辞めろと
いったが、クライミングをやめることだけは絶対に考えられないとKは
きっぱり言った。いかにもKらしいなと思った俺は撮影を引き受けた。

Kの家で撮影したらバレるので、俺の部屋で撮ることになった。
白い壁をバックに、ソファーに座ったKが喋り始める

「えー、Kです。このビデオを見てるということは、僕は死んで
しまったということになります。○○(奥さんの名前)、××(娘の名前)、
今まで本当にありがとう。僕の勝手な趣味で、みんなに迷惑をかけて
本当に申し訳ないと思っています。僕を育ててくれたお父さん、お母さん、
それに友人のみんな、僕が死んで悲しんでるかもしれませんが、
どうか悲しまないでください。僕は天国で楽しくやっています。
皆さんと会えないことは残念ですが、天国から見守っています。
××(娘の名前)、お父さんはずっとお空の上から見ています。
だから泣かないで、笑って見送ってください。ではさようなら」


506 名前: 2/4 [sage] 投稿日: 2010/06/24(木) 14:55:19 ID:2baYGPaj0
もちろんこれを撮ったときKは生きていたわけだが、それから半年後
本当にKは死んでしまった。クライミング中の滑落による事故死で、
クライミング仲間によると、通常、もし落ちた場合でも大丈夫なように
下には安全マットを敷いて登るのだが、このときは、その落下予想地点
から大きく外れて落下したために事故を防ぎきれなかったのだそうだ。


通夜、告別式ともに悲壮なものだった。
泣き叫ぶKの奥さんと娘。俺も信じられない思いだった。まさかあのKが。

一週間が過ぎたときに、俺は例のビデオをKの家族に
見せることにした。さすがに落ち着きを取り戻していたKの家族は
俺がKのメッセージビデオがあるといったら是非見せて欲しいと言って来たので
ちょうど初七日の法要があるときに、親族の前で見せることになった。

俺がDVDを取り出した時点で、すでに泣き始める親族。
「これも供養になりますから、是非見てあげてください」とDVDをセットし、
再生した。


507 名前: 3/4 [sage] 投稿日: 2010/06/24(木) 14:55:59 ID:2baYGPaj0
ヴーーーという音とともに、真っ暗な画面が10秒ほど続く。
あれ?撮影に失敗していたのか?と思った瞬間、真っ暗な中に
突然Kの姿が浮かび上がり、喋り始めた。
あれ、俺の部屋で撮ったはずなんだが、こんなに暗かったか?


「えー、Kです。このビデオを・・るということは、僕は・・んで
しまっ・・いう・・ります。○○(奥さんの名前)、××(娘の名前)、
今まで本・・ありが・・・」

Kが喋る声に混ざって、さっきからずっと鳴り続けている
ヴーーーーーーという雑音がひどくて声が聞き取りにくい。



「僕を育ててくれたお父さん、お母さん、
それに友人のみんな、僕が死んで悲しんでるかもしれませんが、
どうか悲しまないでください。僕はズヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアア××(娘の名前)、お父さん死んじゃっヴァアアアアアアア
アアアアアア死にたくない!死にズヴァアアアアアアアにたくないよおおおおヴヴァアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、ザッ」



背筋が凍った。
最後の方は雑音でほとんど聞き取れなかったが、Kの台詞は明らかに撮影時と違う
断末魔の叫びのような言葉に変わり、最後Kが喋り終わるときに
暗闇の端から何かがKの腕を掴んで引っ張っていくのがはっきりと見えた。


508 名前: 4/4 [sage] 投稿日: 2010/06/24(木) 14:58:28 ID:2baYGPaj0
これを見た親族は泣き叫び、Kの奥さんはなんて物を見せるんだと俺に掴みかかり、
Kの父親は俺を殴りつけた。奥さんの弟が、K兄さんはいたずらで
こういうものを撮るような人じゃないとなだめてくれたおかげで
その場は収まったが、俺は土下座をして、すぐにこのDVDは処分しますと
いってみんなに謝った。

翌日、DVDを近所の寺に持っていったら、処分をお願いしますという前に
住職がDVDの入った紙袋を見るや否や「あ、それはうちでは無理です」と。
代わりに、ここなら浄霊してくれるという場所を教えてもらい、行ったが
そこでも「えらいとんでもないものを持ってきたね」と言われた。

そこの神主(霊媒師?)によると、Kはビデオを撮った時点で完全に地獄に
引っ張り込まれており、何で半年永らえたのかわからない、本来なら
あの直後に事故にあって死んでたはずだと言われた。


おわり

お父さんへ

2010年7月17日土曜日 · 0 コメント

お父さんへ


ぼくは今十さいです。お母さんは三十七さいです。姉ちゃんは十二さいです。
みんな元気です。とくに元気です。リリーという犬が来たから
みんなよけいに元気です。でもお父さんの代わりには
ぜんぜんなっていない。いたずらばかりしてぎゃくに困らせます。
でも一つ代わりになっていることがあります。
ぼくが一人でるすばんをしているときでもリリーはいつもいてくれます。
だれかがいると安心します。

毒親に育てられた私は寂しさと虚しさでいっぱいだった。

2010年7月5日月曜日 · 0 コメント

271 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/10/08(木) 00:38:30 ID:w2fNiBAv0
私がまだ19歳だった頃。
毒親に育てられた私は寂しさと虚しさでいっぱいだった。
ある時、偶然今の旦那に出会った。
私は、生理不順が酷く病院では妊娠しずらい身体だと言われていた。
病院を変えても本格的に不妊治療をしないといけないと言われた。
でも、まだ私は結婚する訳ではないしどうでも良いと思っていた。
旦那は自由な人で私が知らない事を沢山教えてくれる人で
デートも勉強してる感じでとても楽しかった。 

結婚しないの?

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67 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2005/09/01(木) 03:09:20 ID:N6Ah+z6y0

長くなるけどネタの様なホントの話。

大学時代の同級生仲間で、1年の時から付き合ってるカップルがいました。
仲良しで、でも二人だけの世界を作ってるわけじゃなく、みんなと仲良くしてました。
私は女の方の一番の友達だったんだけど、彼氏とも仲良くしてたわけです。
大学を卒業しても交流があったし、何度か会った時も二人は一緒で、
本当に仲良しだなァって思ってたわけです。最後に3人で会った時、
「結婚しないの?」って聞いたら、「うん、まあね…。」とお茶を濁す様な返事。

結婚は勝手にしろ。でも式には出ない

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489 :彼氏いない歴774年:2008/05/02(金) 17:29:32 ID:MJPng8x2
私、ウエディングプランナーをしてて沢山の幸せのお手伝いをさせてもらったけど忘れられない結婚式があります。

新婦は私より大分年下の10代で可愛らしい子、新郎は彼女より20歳ほど年上の優しい方でした。

年の差カップルは珍しくないけどこれが一筋縄では行かなかったのよね…。

一人娘の結婚式

2010年7月2日金曜日 · 0 コメント

360 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/03/12(水) 10:30:53
土曜日、一人娘の結婚式だったんさ。

当時俺25歳、嫁33歳、娘13歳。
まぁ、要するに嫁の連れ子だったんだけど。
娘も大きかったから、多少ギクシャクしながらも数年過ぎた。
子供はあえてつくらなかった。
収入の問題もあったけど、娘の気持ちを考えたら、
子供は娘1人いればいいって事になった。

無職の行く末

2010年6月28日月曜日 · 0 コメント

5:名無しさん@毎日が日曜日 :2008/03/09(日) 18:54:08 ID:QjI2+acj
無職の行く末
■20~25「引き篭もりニート」
親も元気でまだまだ学生気分で毎日2ch三昧で幸せな日々
友人達は社会人に影で馬鹿にされつつ徐々に疎遠になり友人居なくなる。
現実からは目を背け楽な方に楽な方に逃げる毎日
親と仕事の事でよく喧嘩するがその内就職するだろうと親もまだ楽観的
「うるせえ糞ババア」「働いたら負け」「30で自殺するから今が楽しければいい」

小惑星探査船「はやぶさ」

2010年6月27日日曜日 · 0 コメント

115 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2010/01/15(金) 13:12:59 ID:Hev0pzww0
田-( ´・ω・`)-田 小惑星についたお。来る途中でちょっと調子が悪くなったけど、大丈夫だお。
(´∀` )   小惑星「いとかわ」のデータを送ってくれ。サンプルも頼むよ。
田-( `・ω・´)-田 ラジャーだお!

田-( ´・ω・`)-田 あ、何かまた体の調子が悪いお…ふらふらするお…
(´д`;)   姿勢制御がうまくいかなくなったな…あちこち故障してる。

田-( ´・ω・`)-田 き…ます…こえ…きこえな…

(´д`;)   通信も無くなった…がんばれ「はやぶさ」、お前はやれば出来る子だ。

田-(;´・ω・`)-田 なんとか…復旧したお…
(´д`;)   無事でよかった…すまないな、お金があればもっと丈夫にしてあげられたのに。
田-(;´・ω・`)-田 大丈夫…だお…サンプルが取れたかどうかはわからないけど…
(´∀`;)   いいんだ、戻ってこい「はやぶさ」。
田-(;`・ω・´)-田 ラジャーだお!

(;д; )   リアクションホイール3基中2基破損、化学スラスタ全損、リチウムイオンバッテリー11基中4基が完全放電。
イオンエンジンも予定耐用時間を大幅にオーバーして寿命が尽きたり劣化し始めてる…
まさに満身創痍だ。それでも自分の使命を果たすために…

田-(;`・ω・´)-田 …地球に、還るお。サンプルを…届けるお…

(;д; )   サンプルを投下したら、お前には最後の使命を与えなければならない。
田-(;´・ω・`)-田 なんだお?
(;д; )   隕石衝突予測のサンプルとして、お前に隕石の役をしてもらう。

田-(;`・ω・´)-田 ラジャーだお!立派に使命を果たすお!

その日、人類史上初の偉業を成し終えた小惑星探査船「はやぶさ」は、母なる地球に抱かれてその一生を終える…

あの時の俺はホントにクズの極みだったね。

2010年6月16日水曜日 · 0 コメント

902 :ほんわか名無しさん :2007/01/21(日) 01:13:15 O
かなりの長文で読みにくいと思うがすまん。

俺が消防の時、学校から帰ると二軒隣にあるばあちゃん(父方)とこに毎日のように遊びに行ってた。
連れと一緒にわらわら行くとばあちゃんはニコニコしながら「おやつあるから手ぇ洗ってきんさい。皆で仲良く食べるんよ」っておやつをふるまってくれたんだよね。
連れからは優しいばあちゃんだと羨ましがられてすげー嬉しくて誇らしかったのを覚えてる。
けど、例に漏れず反抗期に入った俺は高校にも行かず、毎日のように連れと深夜まで遊び歩くようになっていった。 

おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ

2010年6月13日日曜日 · 0 コメント

オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。
いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。
それをばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み〜」
ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがてオレにも友達が出き、そんなこともせず友達と遊びまくってたころ
家の事情も解消され、自分の家に戻った。ばあちゃんは別れる時もニコニコしていて、
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」と喜んでくれた。
先日、そのばあちゃんが死んだ。89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から、「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみると、そこにはばあちゃんが作ったすごろくが書かれてあった。
モンスターの絵らしき物が書かれていたり、何故かぬらりひょんとか
妖怪も混じっていたり。「ばあちゃん、よく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に
「義弘(オレ)くんに友達がいっぱいできますように」
人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
ばあちゃん、死に目に会えなくてごめんよ。そしてありがとう

ネットだけの知識で頭でっかち

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「あんたはね、ネットだけの知識で頭でっかちになってるよ。
2ちゃんねるで取り入れた知識を偉そうに私やトーチャンに話してるけど、
働いたこともないあんたが言うと滑稽なんだよ。
ニュース番組見てても得意げに2ちゃんねるの受け売りを
披露してるけど、カーチャンとトーチャンだから笑って聞いてあげてたんだ。
頼むから外で働いて、自立して。
カーチャンもトーチャンももう先は長くないだろうし、アンタの
子育ては大学卒業の22歳で終わりなんだよ。
今34歳で、アンタはもうオッチャンなんだから、カーチャン
とトーチャンにすがったって、もう何もしてあげられないんだよ。
この10数年間、ずっと部屋でパソコンして、にちゃんねる見て、
結局今のアンタはネットの情報だけで頭がいっぱいになってて、
何もいいことなんか無かったんじゃない?
友達と遊んだ?彼女は作れた?いないでしょ。誰も。
トーチャンとカーチャンしかいないでしょ。
だからそんなんじゃ、トーチャンとカーチャンいなくなったら
本当にアンタは独りぼっちになるんだよ。
外出て働いて、友達作って恋人作って、自分のために自立しなきゃ」

御歳84になるおじいちゃんが言いました。

2010年6月11日金曜日 · 0 コメント

255 本当にあった怖い名無し sage 2007/03/22(木) 15:56:40 ID:80UrdAnb0

御歳84になるおじいちゃんが言いました。
「僕はね、昔、まあ今もだけど。運動も勉学もロクにできなかった」
「友達もいないし。顔も悪い。いつもひとりぼっち」
「だから、死のうと思ったことがある」 

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