「おーい、優子——聞こえるか? 俺だよ俺、津山ですよ」
突然ドア越しに声が聞こえ、わたしは心臓が止まりそうになった。とっさに鍵が
掛かっているのを確かめる。
あの耳障りな甲高い声は……間違いない、同級生の津山だ。でも——どうして津
山がわたしの部屋の前に?
「驚かせて悪かったな。ここの——家の人にはさ、ちゃんと留守のあいだに上が
る許可得てあるから」
嘘だ、母がそんなことを許すはずがない。クラスで何があったか、すべて話して
あるのだから。こいつ、わたしが一人の時を狙って、勝手に家へ……
「なあ優子、クラス中が心配してるぜ? ていうかさ、俺も反省してるんだわ。
マッチ箱とその〈効能〉について、ちゃんと説明すべきだったなって」
「ほっといて……帰って。でないと、警察呼ぶから」マッチ箱——わたしは甦っ
た恐怖と混乱におののきながら、かすれた声を絞り出した。
その時、ガタッ、という何かがドアにぶつかる音がした。——続けてドアノブを
ガチャガチャと乱暴に回す音。津山の舌打ちと押し殺したつぶやき。
「待て、落ち着けって……」「まだおまえの出番じゃない……」何を言っている
のだろう? まさか——もう一人隣に誰かいる?
「ほ、本当に警察呼ぶから! あと……絶対に許さない、あんたも、他のみんなも
——」
ガタッ。ドンッ。鼓動が早鐘のように脈打っている。携帯——携帯電話を探さな
きゃ。どこにやった……?
「みんな? "みんな"って優子、そこにいる他の……いや、教室でマッチ箱を
使った人間のことか? なら、わかるよな。"みんな"ってのはつまり……」
ガタッ。一体誰なの、もう一人は……やっと携帯電話を見つけ——圏外? 嘘、な
んで……だって、新着メールが1件——
ドンッ。ドンッ。震える指先で受信ボックスを開く。メールは竹田からだった。
『失った記憶は決して取り戻せない。なぜなら"みんな"は"きみ"だから。
もう手遅れだろうけど、そこ、本当にきみの』
くぐもった声(津山?)がどこか遠くから聞こえる。「心配ないさ。優子はただ、
〈効能〉を受け容れる心の準備が……」母はいつから出かけてるんだっけ——
手にしていたはずの携帯電話が見当たらない——わたしはポケットの奥のマッチ
箱の中身に指先で触れた。意識の奥底で何かの引き金が引かれる音がした。
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