学生の頃、ロックバンドをやっていたというAさんの話である。
Aさんの実家は広島市郊外の、わりと閑静な場所にある農家で
あったという。
家には大きな納屋があった。ロックの練習をするにはもってこいのス
ペースだ。収納してあるトラクターや農耕用具を外に出して、そこにメン
バー四人が集まってロックの練習をやる。
その日はバンドのライヴを数日後に控えていたので、夜遅くまで練習に
励んだ。
Aさんのお母さんが夜食におむすびを差し入れてくれた。
「おっかあちゃん、ありがとう」
そう言ったものの、四人分のおむすびにしては、量があまりに多い。す
るとお母さんが、「あら?他のお友達は?」と妙な顔をしてきょろきょろ
している。
「かあちゃん、他に友達なんかいねえよ。俺たち四人だけだよ」とA
さんが言うと、
「だってあんたたちが演奏してたら、『あついーっ』とか『燃えるう』
とか『わあー』とか凄い声援してる友達がいたじゃない」と変なことを言
う。「だからいっぱいお夜食作ったのに…」
「へんなこと言うなよかあちゃん。わっ、こんなに食いきれねえや」と
いいながらも、Aさんたちはおむすびに食らいついた。
翌朝、Aさんが起きてきたらお母さんが、
「やっぱりいたじゃない。たくさんのお友達。みんな納屋に寝てたわよ」
と言う。
どういう意味だよと聞くと、お母さんは早朝、夜食を運んだお盆と食器
をさげようと納屋に入ったという。すると足の踏み場もないほどのたくさ
んの人が寝ていて、起こさないようにと気を遣いながら、その隙間をそっ
とぬうようにして奥に入り、お盆と食器を摂って納屋を出たのだという。
「かあちゃん、昨夜から変だぜ。そもそもそいつらどんな奴らだったん
だよ。」とAさんに聞かれて、お母さんははっとした表情をした。
「そういえばあんたたちジャージを穿いてたから、えらくモンペに
似たジャージもあるもんだなと、思ったのよ。頭巾かぶってる人もいたわ
ね。あっ、子供いた?」
「そんなやつはいねえよ」
「だって、いたよ」
そういうやりとりを聞いていたAさんの友人が、
「ちょっとおばさん、あの、昨夜最初に聞いたとき、どんな声が聞こえ
たって言いましたっけ?」と聞く。
「だからあんたたちの演奏にまぎれてね、いやーっ、とか、あついっ、と
か、燃えるうっ、とか、凄い絶叫が…」
その途端、Aさんも友人も、そしてお母さんも、ゾッと髪の毛が
逆立った。
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