主婦の和代は、子供のために台所で晩御飯の支度をしていた。ネギ焼きを
作るため、和代は大量のネギを切っていた。
居間からは、テレビの音が聞こえてくる。先ほどまでは子供向けのアニメ
番組だったが、今は夕方のニュース番組が流れていた。
「和子ったら、少しは静かにしてちょうだい。まったく、落ち着かないん
だから」
今年五歳になる和子はちょうど元気が有り余っている年頃で、彼女は居間
の中を走り回り、安普請の床を軋ませていた。
ニュースはちょうど、最近起こった小学1年生の女児が誘拐された事件の
報道をしているところだった。
それは和代の家の近所で起こったもので、事件が起きた直後は辺りに報道
陣が詰めかけてまったく騒々しいものだった。
この事件は世間を大きく騒がせているが、現在のところ、犯人逮捕はおろ
か捜査が難航し具体的な進展が何もないという有様なのだった。
「警察は大幅に捜査員を増やし、事件の解決に全力で取り組む構えです」
そう締めくくられ、ニュースは次の話題へと移った。
「まったく、怖いわねぇ……」
和代にとっても、この事件は決して他人事ではない。和代はしばらく何か
を考えているようだったが、思い出したように再び手元のまな板のネギを
切り始めた。
和代が向かいの家に住む男が怪しいと疑い始めたのは、今から一週間ほど
まえのことだった。
その日、和代がペットのゴールデン・レトリバーを連れて夜の散歩に出か
けた際、道で偶然その男とすれ違った。
闇夜の中、男はなかなかこちらに気がつかない様子で、道のわきに居並ぶ
住宅へキョロキョロと視線を向けていた。どうやら塀の向こう、家の中を
覗いているようだった。
男は和代に気がつくと一瞬ギョッとした表情を浮かべ、それから俯いてそ
そくさと和代とすれ違って行ったのだった。
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