あなたのめがね、とったほうが綺麗よ。

2010年3月12日金曜日 ·


真那子さんは、去年、念願の志望大学へ入学を果たした。
高校時代は中高一貫の女子高で、校則は厳しく「他校男子学生との交際は一切禁止」だった。

真那子さんの高校は、小高い丘の急な斜面を登ったところに建っており、そのふもとには大学があった。
廊下の窓から、ちょうど大学生達が優雅にキャンパスライフを送っている姿が見下ろせる。
立地環境もあり、学生の中には密かに大学生と交際をしていた者もいた。

真那子さんも誰かと付き合いたいと胸を焦がすことはあったが、そこまでする度胸はなかった。
校則を破った学生の大半は、学校内で隠し切れず、結局は噂が広まるか誰かにチクられるかしてバレてしまう。
罰則は大したことないのだが、その後が大変になる。周りからの妬むような、冷たい視線を浴びながら高校生活を過ごすのだ。

そんな校風なので、女子学生同士の交際が少なからず存在した。。彼女も、一度告白されたことがあった。

彼女は普段は黒ブチのメガネをしているのだが、ある日同じ吹奏楽部の先輩からこう言われた。

「あなたのめがね、とったほうが綺麗よ。」

はじめは単なるお世辞だと思っていた。

「でも、コンタクトはめんどうだから・・・」
「ううん。絶対、とったほうがいいわ。」

その先輩というのは彼女よりニ学年上で、ちょっと眩しいような笑顔が印象的なひとだった。
特に、その瞳で見つめられると、なぜだか吸い込まれる。

ある日の部活が終わった音楽室で、彼女は告白された。

「・・・ごめんなさい。先輩のことは好きだけれど・・・私・・・」

長い沈黙のあと、

「・・・そう・・・。あたしも、突然でごめんね。」

消え入りそうな声で、先輩はつぶやいた。
その吸い込まれそうな瞳は真っ直ぐこちらを見つめていたが、涙のせいでやけに黒ずんでみえた。
最後に先輩はこう付け加えた。

「あなたの瞳がね、好きだったの。めがね、とったほうがいいわ。」

先輩は、眩しそうな笑顔をつくって微笑んだ。その表情が、なんだか、とても胸をドキドキさせた。




そのまま時は過ぎ、先輩の学年は卒業の年となった。
先輩は他県の医療系大学へ進学していった。夢は看護士だったそうだ。

真那子さんもその翌年、都内の志望校へ合格を果たした。
大学に入ると、服装や髪型からの束縛から解放され、見た目もだいぶ変わる。
ご多分にもれず、真那子さんも髪を染め、オシャレをして、いわゆる大学デビューを果たした。
しかし、メガネの色は変えても、メガネを外すことはなかった。

「コンタクトがめんどくさいから」が理由というのもあるけれど、なんだか視界の四隅に縁取りがないと落ち着かない。
もともと人付き合いが上手いほうではなかったので、メガネをかけることでなんとなく人前でも安心できた。
外界と瞳との間に一枚のガラスレンズを隔てることで、安心するのかもしれない。

そんな真那子さんにも、今年に入って彼氏ができた。

彼氏は短大に通う大学生で、細身の体系で、顔立ちは整っていて両性的な雰囲気がある。
とても優しいし、何より彼の笑顔と、吸い込まれるような瞳が好きだった。
中学、高校と女子だけの生活で、もちろん生まれてはじめての彼氏だった。

はじめは緊張してぎこちなかったが、彼がリードしてくれたし、デートも毎回楽しく過ごせた。
彼は酒好きで、毎回デートの帰りには二人で居酒屋へ寄る。
今回のデートも帰りがけに居酒屋へ寄り、楽しく談笑しながら二人ともほろ酔い気分になった。

そのとき、彼が切り出した。

「めがね、とったほうが綺麗だよ。」
「えー、そんなことないよ。私はメガネしてるほうが好きなの。」
「なんだよー、そのほうが絶対いいのに。」
「前にもそんなこと言われたけどね、私はメガネでいーの。」
「ちぇー」

そんな他愛も無い話をしていると、突然

「今日さ、ホテル泊まろうか?」

彼からその言葉を聞いたとき、内心少し嬉しかった。この人となら・・・

「え、・・・うん」

ホテルへ行くということは・・・想像して胸がドキドキした。
それをごまかすように、私にもついにこの日が来たのだ。
そう思うと、いつにも増して飲んでしまい、酔いつぶれてしまった。

気が付くとホテルの小部屋にいた。

「気が付いた?」

「・・・?う~~~~ん・・・?」

まだ酔いが覚めてなくて、頭がくらくらする。天井と床がぐるぐる回ってるようだ。彼は裸だった。

「気が、付いた?」

彼女はそれを見て何か妙な気分がした。しかし、すぐに睡魔が襲ってきて眠りに落ちてしまった。




「真那子さん」
「う・・・ん?」
「真那子さん、聞こえますか?起きてください。」

彼女は呼ばれる声で目を覚ました。

「う~ん?・・・ここは?」
「病院ですよ」

まだ頭がくらくらする。あたりは暗い。

「いま・・・何時ですか?」
「2時です。」
「あぁ・・・夜中の。」
「いいえ、昼の2時ですよ。」

彼女は、不思議に思った。

「なんでこんなに暗いんですか?この病室」
「それは・・・その・・・」

困惑する女性の声が聞こえる。しばらくして、申し訳なさそうな声が返ってきた。

「あなたの眼は、見えないんですよ。」
「え・・・失明・・・ですか?」
「はい・・・詳しく言うと、眼が・・・無いんです」

あるホテルの一室で、女子大生が両目をくり貫かれて倒れているところを発見された。
目からは血が噴出し、見るも無残な姿だったが、病院にかつぎこまれて奇跡的に一命はとりとめた。

犯人の姿はなかった。

彼女の体を調べると、犯人は彼女に麻酔を打って、意識を失っているうちに眼球をくり抜いたらしい。
犯人は裸で犯行を行い、血をシャワーで流し、そのまま服を着て逃走したと思われる。遺留品は見つからなかった。

「よく覚えてないんです。」

彼女は消え入りそうな声で言った。

「・・・でしょうね。でもね、彼、偽名だったんですよ。」
「え?」

警察の声に彼女は驚いた。

「住所も戸籍も全部ニセモノ。まぁ、犯人はその、あなたの彼氏だとは思うんですがね。」
「そんな・・・じゃぁ・・・」
「何か彼についておかしなところは無かったですか?特徴とか・・・」

彼女は少し考えてこう言った。

「あ、そういえば・・・」

彼には、男にあるはずのもの・・・男性器がなかった。つまり、変装した女性だったのだ。

「その人物に覚えはありませんか?」

彼女には思い当たる節があった。

「先輩・・・?」

高校時代の、彼女に告白した先輩は、卒業後に医療系大学へ行った。
麻酔の知識もあるだろう。
でもまさか、あの先輩が変装し、自分の彼氏になっていただなんて・・・

「信じられない・・・でもなぜ?」

警察は彼女に、犯人はすぐ見つかるから、と挨拶をして病室を出て行った。
光を奪われた彼女は、途方にくれた。これから、どうやって生きていけばいいんだろう?

高校では、授業の一環として障害者体験をしたことがある。
アイマスクをして、ペアの学生に付き添われながら5、60mを歩くのだ。
途中に段差があり、彼女はつまづいて転びそうになり、ペアの学生でなく、近くにいた別の学生にしがみついてしまったことがある。

いまの状態で、大学へ再び通えるのだろうか?
いや、のちのち就職するとして、自分のような人間を雇ってくれる場所はあるのだろうか?
目が見えない職種といったら・・・彼女は、そんな考え事をしているうちに尿意をもよおした。

「どうしよう・・・」

やはり、一人では行けるわけが無い。

簡易用トイレ、または紙オムツを使うかと看護士に聞かれたが、さすがに恥ずかしくて断った。

「やだな・・・断んなきゃよかった。」

仕方が無いので、彼女はナースコールを押す。カツカツと廊下に足音が響き、病室に看護士が入ってきた。

「真那子さん、呼びましたか?」

女性の声だ。

「はい、トイレに行きたくて・・・」
「じゃぁ、途中まで送りますねー。車椅子使いますか?」
「いえ・・・大丈夫です。歩けるし。」

彼女がそろそろとベッドから降りようとした時、少しよろめいてしまった。

「あ」

とっさに看護士にしがみつく。

「す、すいません。」
「いいえ、こちらこそ」

にこやかな笑顔が見えてきそうな、そんな声だった。

「こちらこそ、ごめんなさい。」
「え・・・?何がですか?」

突然、看護士の息が耳元にかかる。

「でも良かった・・・とったほうが綺麗だった。」
「な、何がですか」

彼女は周りの様子がわからない。看護士がどこにいるかも。おおよそ違う方向へ、その声に返答した。

「何がですか?!」
「だから・・・あなたのめがね、とったほうが綺麗。」
「・・・」

耳元からささやかれた甘い声が、頭のなかをぐるぐると行ったり来たりする。

「あなたのめがね、とったほうが」
「あなたのめがね、とったほうが」


「あなたの眼がね、採ったほうが」


「!!!」

「あなたの眼がね、好きだったの。いまでも綺麗に飾ってあるのよ?」

おもむろに、彼女と看護士は歩きつづける。

「昔は看護婦って呼ばれてたけど、看護士って職業名に変わったの。なぜだかわかる?」

言葉が出ない。

「ちかごろ男性も多いのよ。」

ただ導かれるままに、廊下の外へでた。

「なぜダメだったか、あれからよーく考えたの。でね、あたしが女だったからなんだね。
そうだよね?真那子ちゃんあたし、もっと頑張って、身も心も男になるから。」

ちょうど二人三脚のように、ふたりはトイレへ続く廊下を歩いていった。

「これからは一緒だよ。あたしが、あなたの光になるから」

真那子さんには、光が無い。


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