内臓がないぞう

2010年1月16日土曜日 ·

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第九十三夜 内臓がないぞう
ベッドに横たわる田原伸二郎の抜け殻を、主治医の大村は感慨深げに眺
めていた。
脳死が確認されて二週間を経過した田原の皮膚細胞は、無数のチューブ
に繋がれ、人工呼吸器と点滴によって生き続けていた。
脳死二日目に、両目の角膜が秘密裏に摘出され、百万円で売れた。今、
田原の眼窩に収まっているものは、ビニール製の義眼だ。
四日目に、小腸の一部が摘出され、二百万円で売れた。
七日目に、膵臓が摘出され、七百万円で売れた。
八日目に、両方の腎臓が摘出され、六百万円で売れた。
十日目に、肝臓が摘出され、八百万円で売れた。
十二日目に、右葉の一部だけを残して両肺が摘出され、五百万円で売れ
た。全部を摘出してしまったら、人工呼吸でも肉体が死んでしまう。
そして十四日目の今、この病室で、数人の心臓外科医が田原の胸を開
け、心臓を摘出しようとしていた。取り出した後の空間には、代わりに綿
を詰め、彼らは大急ぎで皮膚を縫合した。醜い手術痕は、肌色の特殊な
テープを貼ると、ちょっと目には分からなくなる。火葬場に送られるその
時まで、遺族の目を騙し通せるだろう。
「それじゃあどうも。一千万の代金はあなたの口座に振り込んでおきます
から」
そう言い残して心臓外科医達は別の扉から出ていった。正面のドアの外
には田原の家族達が待機しているのだ。
まだ二十六才だった田原伸二郎の内臓は健康そのもので、実にいい値で
売れた。大村医師は思った。来月、レジャー用にボートを一艘買うつもり
だった。
看護婦が田原の抜け殻に服を着せた。
その体内には、内臓は、残っていなかった。
大村医師は正面のドアを開け、田原の家族達を室内に入れ、厳粛な面持
ちで告げた。
「田原さんはたった今、お亡くなりになられました。手は尽くしたのです
が、誠に残念です」
妻と母親は泣き崩れ、父親は無言で頷いた。
遺体を家族の手で棺に収める際、母親が涙を流しながら言った。
「こんなに軽くなってしまって……」


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